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高松地方裁判所 昭和37年(行)5号 判決

原告 東茂一

被告 香川県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告香川県知事が、昭和三十二年七月二十日農拓第一〇九六号をもつてなした、原告と訴外神辺正憐間の別紙目録記載の農地部分についての賃貸借契約解除許可処分は、これを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和十六年頃、訴外神辺正憐から同人所有にかかる高松市香西本町七百二番地、田一反八畝十五歩(以下本件農地という)を賃借し、爾来これが耕作に従事していたものであるところ、賃貸人である右神辺正憐は、原告が信義に反した行為をしたことおよび右神辺において本件農地を耕作するを相当とする、ということを理由に、昭和三十二年一月十日付をもつて被告香川県知事に対し、本件農地についての右賃貸借契約解除の許可申請をなし、被告香川県知事は、右申請に基づいて、同年七月二十日付農拓第一〇九六号をもつて、右賃貸借契約解除を許可する旨の処分をなした。

二、しかしながら、被告香川県知事の右許可処分は、次のような理由により取消されるべきものである。

(一)  本件農地の解除許可申請書は、所轄の高松市香西農業委員会を経由し、同委員会名義の意見書が付されて被告香川県知事に進達されているところ、右意見書なるものは、当時同委員会の書記であつた訴外久保忠典の偽造したものであるから、右意見書に基づいてなされた右許可処分は違法である。すなわち、訴外神辺正憐は、本件農地を所轄する高松市香西農業委員会に対し、前記のように昭和三十二年一月十日付をもつて農地法第二十条第一項の規定による許可申請書を提出し、右申請書には、農地法施行規則第十四条第四項、第二条第三項前段の規定に基づく右香西農業委員会の解除を許可するを相当とする旨の意見書が添附されて、被告香川県知事に進達されたことになつているけれども、右意見書は、当時右香西農業委員会の書記であつた訴外久保忠典が、右神辺正憐の許可申請については右香西農業委員会において一回も委員会を開かず何ら審議した事実もなく、ましてや同委員会において実情調査をしたこともなかつたのにも拘らず、勝手に作成した偽造文書であり、かかる意見書に基づいてなされた右許可処分は、明らかに農地法第二十条、同法施行規則第十四条第四項、第二条第三項前段に違反するものである。

(二)  かりに農地法施行規則第十四条による市町村農業委員会の意見書の内容が、都道府県知事の農地法第二十条の許可不許可処分を拘束するものではないとしても、被告香川県知事は、右許可処分をなすに当り、その部下職員をして実情調査を行う等のことなく、漫然前記意見書の内容を鵜呑みにし、これのみに基づいて右許可処分をなしたのであるから、結局右意見書の形成過程に存する瑕疵は、当然右許可処分自体の瑕疵として承継せられ、したがつて右許可処分は違法のものとして取消をまぬがれない。

(三)  右許可処分は、農地法第二十条第二項第一号、第三号所定の各許可基準に該当しない違法のものである。すなわち、

(1)  原告は、昭和二十六年頃から自己の経営する製陶業のための製品置場並びに窯場とするため、本件農地の一部を順次に埋立て、昭和二十八年当時には、その埋立面積は百二十坪(本件農地中、別紙目録記載部分を除いた部分、添付図面表示ハ、ニ、ホ、ヘ、ハの各点を順次結んだ線で囲まれた地域)に達していたものであるが、これは原告が農地関係の法律に暗らく、小作農地は小作人の意思のままに自由に宅地化できるものと誤信していたことによるものであり、しかも賃貸人神辺正憐は、本件農地のごく近隣に居住し、原告が本件農地を順次埋立てていたことを十分知りながら、原告に対し抗議をするでもなく、かえつて原告が本件農地の一部を宅地化したことを理由に、昭和二十八年度からは、右宅地化部分について、賃料として年間金三千二百五十三円を支払うことを要求し、原告も右申入を承諾して、別紙目録記載の非埋立部分(田一反四畝十五歩)に対する統制小作料に加えて、宅地化部分の賃料として右金三千二百五十三円を右神辺正憐に支払い、その後さらに昭和二十九年度においては、右宅地化部分の賃料は年間金四千三百四円に値上げされ、続いて昭和三十年度は、これを年間金八千円(後に金一万二千円)に増額する旨の申入があつたが、右金額は本件農地の近辺における宅地の賃料に比較して高きに失するため、原告としても右申入を承諾することはできず、そのため右神辺正憐との間に紛争を生ずるに至つたものである。以上の実情よりすれば、原告が本件農地の一部を埋立てたことについて、地主である右神辺正憐は、明らかに原告の右行為を宥恕していたものであり、そうでないとしても、少くとも事後的にはこれを容認していたこと明白である。従つて前記神辺正憐はもはや原告の本件農地埋立行為をもつて、農地法第二十条第二項第一号にいう信義に反した行為であるということを主張できない立場にあるというべきである。

(2)  また原告は、昭和三十二年八月頃、右神辺正憐の申請に基づいて本件農地に対する立入禁止の仮処分をうけるまでは、別紙目録記載の農地部分(非埋立部分)につき、これを水田として耕作してきたものであるが、他方右神辺正憐は耕作者として不適当であること、その他原告と右神辺正憐との各経済的実情を比較勘案すれば、賃貸人である右神辺正憐において本件農地を耕作することを相当とする事由のないこと明白である。従つて右許可処分は、農地法第二十条第二項第三号の許可基準にも該当しない違法のものである。

三、そこで原告は、右許可処分に対し、昭和三十二年十一月三十日さらに農林大臣に対し訴願を提起した結果、本件農地中別紙目録記載部分については、訴願を棄却する、また本件農地中、既に宅地化された部分については、被告香川県知事は右許可処分を取消す必要があるとの裁決がなされ、右裁決書並びに右裁決に基づく被告香川県知事の右許可処分一部取消処分通告書は、いずれも昭和三十七年十月二十九日原告に送達された。

四、よつて、被告香川県知事の右許可処分中別紙目録記載の農地部分についての許可処分(以下本件許可処分という)の取消を求めるため、本訴に及ぶ次第である。

と陳述した。

(証拠省略)

被告指定代理人は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。」との判決を求め、その理由として、

農地法第二十条に定める都道府県知事の許可処分は、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る目的(同法第一条)の下に、農地に対する賃貸借契約の解除もしくは解約等につき、知事をして同法条所定の基準に従つてその当否を審査決定せしめ、知事の許可をもつて当該農地の賃貸借契約当事者間で行われる解約等の法律行為の効力発生要件とすることにより、右目的を達成しようとしているものである。したがつて許可処分そのものによつて解除解約等の実体上の法律効果が生ずるわけではなく、常に契約当事者間に解除等の法律行為が存しなければならず、許可処分のなされたことにより、当然に賃貸借契約消滅の効果が生じたり、あるいは賃貸人において当該契約を終了させることを義務づけられるものでもない。これを要するに、知事の許可処分は、解除解約等の法律行為をなす権能を申請人に附与するものにすぎないのである。したがつて本件の場合においても、原告は被告香川県知事が本件許可処分をなしたことによつて、何ら法律上の不利益を受けるものではないから、原告において右許可処分の取消しを求める訴の利益を有しないものというべきである。

と陳述し、

本案につき、主文と同旨の判決を求め、答弁並びに主張として、

一、原告主張の請求原因事実中、一および三の各事実は、いずれもこれを認める。

二(1)  同二の(一)の事実中、本件農地の所有者である訴外神辺正憐から、原告主張の頃農地法第二十条第一項の規定による許可申請書が、所轄の高松市香西農業委員会に提出せられ、右申請書に同農業委員会の許可を相当とする旨の意見書が添附されて、被告香川県知事に進達されたことは認めるが、その余の主張は争う。右意見書は、右香西農業委員会において適法に作成されたものである。

(2)  かりに原告主張のように、右意見書が、右香西農業委員会の適法な議決に基づいて作成せられたものではなかつたとしても、その一事をもつて本件許可処分を違法ということはできない。すなわち、農地法第二十条、同法施行規則第十四条第四項、第二条第三項前段の各規定に基づいて市町村農業委員会の作成する意見書は、都道府県知事が農地法第二十条第二項所定の各基準により、解除等の許可処分をなすにあたつての参考意見となるものにすぎず、許可処分の必要的前提要件をなすものではないのであつて、当該知事としては右意見書の内容に拘束されることなく、これを参考としながらも自ら許可申請書の内容を審査し、必要に応じて実地調査を行い、許可しようとする事案については、あらかじめ都道府県農業会議の意見を聞いて許可処分をし、その他の事案については自らの判断に基づき不許可処分を行う権限を有するものというべきであるから、(昭和二十七年十一月二十五日、二七地局第三七〇七号局長通達、「農地法関係事務処理要領」参照)、右農業委員会の意見書の作成過程に瑕疵があつても、当然に被告香川県知事のなした本件許可処分を違法ならしめるものではない。

三、同二の(二)の事実は争う。被告香川県知事は、本件許可処分をなすにあたつては、部下職員をして原告および訴外神辺正憐を高松市香西農業委員会に招致し(但し、右神辺正憐は不出頭)、出頭した原告については事情を聴取すると共に、本件農地の埋立状況の実情を調査し、その結果に基づいて本件許可処分をなしたものである。

四、本件農地に関しては、次のとおり農地法第二十条第二項第一号および第三号所定の許可該当事由があるから、本件許可処分は適法である。すなわち、

(一)  原告主張の二の(三)の(1)の事実中、原告が昭和二十六年頃から本件農地の一部を自己の事業である製陶業のための製品置場、窯場並びに陶器屑の捨場として賃貸人である訴外神辺正憐に無断で埋立を始め、昭和二十八年頃には、本件農地中約四畝(百二十坪余、原告主張の部分)を宅地化していたこと、右神辺正憐において、原告が右のように本件農地の一部を埋立てて宅地化したことを理由に、昭和二十八年度以降は右埋立部分については、宅地としての賃料を支払うことを原告に要求し、その後毎年原告主張のように右宅地化部分の賃料を増額し、農地としての統制小作料額をはるかに上廻る多額の賃料を徴収していたことは、原告主張のとおりである。しかしながら、被告香川県知事において、部下職員をして、本件農地の現況を調査させたところによると、前記埋立部分の原状回復を命ずることは客観的に困難であつて、右神辺正憐が原告に対し宅地なみの賃料を請求し、これを受領したことは真に止むを得ぬ措置であつたこと、しかも原告においてなお引き続き埋立行為を続行しており、このまま放置すれば本件農地は将来潰滅することは必至であることが認められ、以上の事情を勘案すると、右神辺正憐が押立部分につき多額の賃料を受領し、且つその賃料の増額を請求していた事実を考慮に容れても、なお原告の前記行為は賃借人としての信義に反する行為であることは明白であつて、もはやこれ以上原告と右神辺正憐間の本件農地の賃貸借契約を維持すべき何らの理由も見出すことができない。従つて右は農地法第二十条第二項第一号所定の事由に該当するものであるから、被告香川県知事がなした本件許可処分は適法である。

(二)  加うるに、原告は昭和三十二年当時において家族数八名で田二反九畝十八歩(自作農地一反一畝三歩、小作農地一反八畝十五歩)を耕作していたが、その本業は製陶業であつて、昭和三十一年度においては金四十五万三千九百円、昭和三十二年度においては金六十一万八千九百円の年間事業所得を有し、しかも右製陶業経営の必要上から、前記のように神辺正憐から賃借している本件農地を埋立てたのみでなく、昭和三十二年頃には、自作農地をも工場敷地として転用しているのであつて、右の事情からして原告には耕作の意思も、またその必要もなく、本件農地を返還することによりその生計の維持に何ら影響を及ぼさないこと明白である。他方賃貸人たる神辺正憐は、家族数六名であつて、内二名は農業に従事して畑四反歩を耕作し、その耕作面積並びに労働能力等からして十分に農業経営をなし得ることが認められる。以上の事実からすれば、賃貸人神辺正憐の許可申請は、農地法第二十条第二項第三号にいわゆる「賃借人の生計、賃貸人の経営能力等を考慮し、賃貸人がその農地を耕作の事業に供することを相当とする場合」にも該当するものというべきであるから、右事由においても本件申請を許可するを相当と認めたものである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告が、昭和十六年頃訴外神辺正憐から、同人所有にかかる高松市香西本町七百二番地、田一反八畝十五歩(以下本件農地という)を賃借し、爾来原告においてこれが耕作に従事してきたこと、右神辺正憐が昭和三十二年一月十日高松市香西農業委員会を経由して被告香川県知事に対し、賃借人である原告が信義に反した行為をしたこと、および賃貸人である右神辺において本件農地を耕作するを相当とすることを理由として、右賃貸借契約解除の許可申請をしたこと、被告香川県知事が右許可申請に基づいて同年七月二十日農拓第一〇九六号をもつて右解除を許可する旨の処分をしたこと、ついで原告は、被告香川県知事の許可処分に対し、同年十一月三十日農林大臣に訴願を提起し、その結果原告主張のような裁決がなされ、右裁決により、被告香川県知事が本件農地中別紙目録記載部分を除いた埋立部分については、右許可処分の一部取消処分をなしたこと(以下右許可処分中別紙目録記載の農地部分についての許可処分を、本件許可処分と称する)、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで先ず本訴が訴の利益を有するか否かについて考えるのに、農地法第二十条に基づく都道府県知事の許可処分は、農地の賃貸借契約当事者間でなされる解除等の私法上の法律行為の効力発生要件をなすものであつて、当該契約当事者の双方又は一方においてその契約関係を終了せしめるについては必ず右許可を得ることを要し、右許可を受けていない解除、解約の申入等は、該契約終了の効果を生じない反面、一旦、許可処分がなされると、既になされている解除、解約等の意思表示は当然その効力を生じ、もしくは賃貸人において有効に解除、解約等の法律行為をなす権能を付与することになるのであるから、当該農地賃借人は、農地賃貸借解除、解約等の許可処分がなされることにより、賃借人としての法律上の地位に影響を蒙ることは、多言を要しないところである。従つて本件の場合においては、本件農地賃借人である原告は、本件許可処分の相手方でないとはいえ、本件許可処分に対しその取消しを求める訴の利益を有するものと解するのが相当である。被告の本案前の申立は、理由がない。

三、よつて進んで、被告香川県知事のなした本件許可処分が適法であるか否かについて、順次判断する。

(一)  先ず原告は、本件許可処分は、農地法施行規則第十四条第四項、第二条第三項前段の規定する農業委員会の適式の意見書によらず、訴外久保忠典が偽造した意見書に基づいてなされた違法があると主張する。訴外神辺正憐より香川県知事宛本件農地賃貸借契約解約許可申請書が昭和三二年一月一〇日附で所轄の高松市香西農業委員会に提出され、右申請書に同委員会作成名義の意見書が添付されて、被告香川県知事に進達されたことは、当事者間に争いのないところ、かりに原告の主張するように、右農業委員会が右許可申請につき委員会を開いて審議したことがなく、右意見書は当時同委員会の書記であつた訴外久保忠典が勝手に作成したものであつたとしても、本件の場合右のような意見書が添付されたことを以て本件許可処分がただちに違法であるということはできない。すなわち農地法施行規則第十四条第四項、第二条第三項前段が、農地法第二十条第一項にかかる許可申請書に、市町村農業委員会の意見書を附して知事に進達すべき旨を定めている趣旨は、知事がその権限に属する農地賃貸借契約解除、解約等の許可処分をなすにあたり、当該農地の実情や賃貸借契約当事者双方の立場を最もよく把握できる地元農業委員会の意見を反映させて、その許否の決定に慎重を期し、できるかぎり過誤がないようにすることを期したものであるこというまでもないが、知事としては、農業委員会の意見書の内容を十分斟酌すべきものではあつても、決してそれに拘束されるものではなく、必要に応じて、許可申請書に記載された事実は勿論、許否を決するに必要な諸般の事情を調査し、該許可申請が農地法第二十条第二項所定の事由に該当するかどうかを自ら判断し、農地法の精神に照して農地賃貸借の解除、解約等の許否を決する権限と職責を有するものであることも多言を要しない。本件について観るに、被告香川県知事は、部下職員を現地に派遣して、本件農地に関する実情を十分調査させた上、本件許可申請が農地法第二十条第二項所定の事由に該当するものとして許可処分をなしたものであること後記認定のとおりであるから、かりに右意見書の成立過程に瑕疵があつたとしても、その瑕疵は、本件許可処分を違法ならしめるものではないと解するのが相当である。しかのみならず、本件の場合においては、高松市香西農業委員会作成名義にかかる前記意見書が、訴外久保忠典の偽造にかかるものであることを肯認するに十分な証拠がなく、かえつて成立に争いのない乙第一号証、同第五号証の一、二、原本の存在及び成立につき争いのない同第二号証の一、二、と証人河野長七、同久保忠典、同大間知健二の各証言を綜合すれば、昭和三十二年一月二十六日高松市役所香西支所(旧香西町役場)において高松市香西農業委員会(委員長久保田嘉直)が開催され、右委員会において、他の案件と共に、訴外神辺正憐の本件農地に関する農地法第二十条第一項の許可申請についても審議が行われ、同委員会としては、「本件農地は、一反八畝十五歩の内約五畝歩を潰廃して宅地化している実情である。委員会としては、原告が地主(訴外神辺正憐)の充分な承諾を得ず、農地法所定の手続を経ないで潰廃したことは、結果的に地主の所有権を侵害し、且つ農地法を無視しているとの見地から、農地法第二十条第一項に該当するものと認め、許可を妥当とする。但し耕作地(非宅地化部分)については、原告において今後違反行為をなさず、耕作する意思があるならば、委員会において調停し、この部分については除外する。無断宅地化の五畝歩については許可を妥当とする。」旨の意見を附することとなり、当時同委員会書記であつた訴外久保忠典が、同委員会長久保田嘉直の命をうけて右趣旨の意見書(前顕乙第二号証の二)を作成した上、これを神辺正憐提出の許可申請書に附して、その頃被告香川県知事に進達したこと、而して被告香川県知事は、右許可申請につき、当時香川県小作主事であつた訴外大間知健二をして実情調査に当らせ、同人は昭和三十二年春頃現地に赴いて、訴外久保忠典の案内で調査を行い、原告にも面談して事情聴取をした上、その結果に基づいて、前記許可申請は、少くとも農地法第二十条第二項第一号所定の事由に該当するものとして、本件許可処分がなされた事実を認めることができる。成立に争のない甲第一号証の記載内容、証人荒木忠雄(第一、二回)、同杉野治、同島津徳太郎の各証言、その他本件証拠中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してにわかに措信し難い。してみると、本件許可申請につき農業委員会が審議をしていないこと、前記意見書が偽造されたものであること、被告香川県知事が何等の調査もしていないこと等を前提とする原告の主張は、いずれもその理由がない。

(二)  次に本件農地賃貸借に関し、賃借人たる原告に農地法第二十条第二項第一号所定の信義に反した行為があつたかどうかについて検討するに、原告は農業の外に製陶業をも経営しているものであるが、昭和二十六年頃から、本件農地の一部を順次埋め立てて行き、右製陶業のための製品置場や窯場として使用し、昭和二十八年頃には、別紙目録添付図面表示ハ、ニ、ホ、ヘ、ハの各点を順次結んだ線で囲まれた地域約百二十坪余の部分が完全に埋め立てられて宅地化してしまつていたことは、当事者間に争いがなく、証人神辺正憐の証言並びに原告本人尋問の結果によると、原告は、賃貸人である訴外神辺正憐から承諾を与えられたことはなかつたのにも拘らず、勝手に右埋立行為をはじめ、叙上部分を宅地化してしまつたものであることが認められる。以上の事実によつて考えると、本件農地賃借人である原告は、賃貸人の承諾を得ないで、前記のように、本件農地中相当部分を埋立て、自己の本業である製陶業(原告本人尋問の結果によると、原告は、大正時代から陶器製便器の製造を行い、農業はむしろ片手間の副業であるにすぎないことが窺われる。)のための恒久的な施設を右埋立地上に設け、本件農地の一部を容易に原状に復帰することができない状態にしたものであつて、右は農地法第二十条第二項第一号にいわゆる「賃借人が信義に反した行為をした場合」に該当すること明らかであるといわなければならない。もつとも、原告は、賃貸人である前記神辺正憐が、昭和二十八年度以降前記埋立部分について、農地としての統制小作料をはるかに超える宅地としての多額の賃料を請求し且つ受領した事実(この事実は当事者間に争いのないところである)があるから、同人は少くとも事後的には原告の右埋立行為を容認したものであり、原告の右行為は本件賃貸借契約の存続を相当としないほどの背信行為ではない、と主張するけれども、右神辺正憐が本件農地中の前記埋立部分につき原告主張のような多額の賃料を徴収し、或は請求したことは、必ずしも原告のなした前記埋立行為を承認したわけではなく、すでに宅地化した部分については、今更これを原状に回復することも困難であるので、やむなく右埋立部分については宅地なみの賃料を請求し、あわせて原告がさらに埋立行為を続行することを防止する趣旨であつたことを窺うに十分であつて、右神辺が本件埋立部分につき宅地としての賃料を請求し且つ受領したからといつて、その一事をもつて原告の前記無断埋立行為が背信行為たることを免れさせるものとは到底いい難いところである。したがつて、結局被告香川県知事がなした本件許可処分は、農地法第二十条第二項第一号所定の事由が存するから、適法であるというべきである。

四、以上の次第であつて、その余の争点について判断するまでもなく、本件許可処分の取消を求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浮田茂男 鈴木清子 松永剛)

(別紙目録および図面省略)

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